いよいよ出発当日朝。寝たと思った瞬間に目覚まし時計。先般のソウル出張の朝も某T版印刷M田課長と、有田焼の若旦那、弊社若手との打ち合わせで四時になって今日と同じだったような。海外出発日は結局いつもそう言うことか。
思いの外、目覚め爽やかな起床。荷物を車に積んで、私の車と美紀江の車と二台で出発。今日は7時に前川を神保町でピックアップし、8時半にジャルカウンタ前集合、いざ出発です。
待ち合わせ指定場所の白山通りスズラン通り出口に付くと、前川の姿がありません。前川には、パラオの大酋長(猪木会長に島をプレゼントした人)とお会いするからスーツで来るように前日まで話していましたが(!)、今朝家を出る前に私に電話をするように(その時にスーツじゃないと教える予定)指示しましたが、相変わらずの脳天気で電話無く、スーツ姿でピックアップ場所に少しの遅刻でダッシュで走ってくる前川の姿が!
前川は、今回当ツアーの幹事ということですが、何もせず(初めての海外で何も出来ず)名前だけの幹事でしたが、少しは経験と修練になれば彼のためには。しかし、ついにスーツ姿で登場するという・・・、からかってだます私も悪いが電話をしない前川も悪い。冷ややかな姫美と美紀江の視線が・・。神田橋乗り口手前のスタバでコーヒーを購入し首都高へ。車内で前川は無事着替えに成功。
今回のツアー参加者は、私、姫美、牛尼、前川、美紀江、兼平、ゲストの池田さん、そして私の母澄子が何故か・・計8名。参加予定だったエーワイエー企画の手塚さんは急遽仕事の都合でキャンセル、残念でした。
ドタバタとチェックインをして荷物を預け、お茶を飲んでからイミグレーション経由で飛行機へ。機内食は和食のオードブルに食欲を削ぐサンドイッチ。どう見ても平均40代後半のスチュワーデスさん・・。ビールを飲む人、映画を見る人、ゲームをする人、寝る人それぞれのフライトでした。私はK19という旧ソ連の実話に基づく原子力潜水艦の映画とストーカーという映画を二本見ました。
さてさて四時間経過してパラオ共和国のコロール国際空港へ到着。南国特有の熱そうな雰囲気。乗客も自然ワクワクした様子。
錆かかったタラップを降りると徒歩でイミグレーションのある建物へ向かいます。以前に猪木さんに呼ばれてパラオを訪れたときと同様異常に遅いイミグレーションスタッフの事務処理。最悪なことに私たちの並んだ列は他の列の倍の遅さ。日本流の感覚でイライラしてはいけないとわかりつつ流石に15人入国処理するのに30分以上かかるとイライラしてしまうのは都会人の悪い癖なのかどうか。
やっとの思いでイミグレーションをパスすると先にパスしていた兼平や池田さんが笑顔で荷物を揃えて待っていました。ライロ様団体8名様一緒に税関を経て表に出ると、知花さんはじめイノキファンデーションのスタッフが思いがけない出迎えをしてくれました。いやいやびっくり。知花流?それともパラオ流?のホスピタリティーか。知花さんの他、パラオナンバーワンのダイビングガイドであった島さん、海洋学の知才のフィリピン人のジョジョ、パラオ人の暴れん坊?バイスら、初めて出会う現地スタッフたちとみんな笑顔でご対面で、イミグレーションでのイライラはみんな吹っ飛んだようでした。
私たちはツアーでのパラオ来訪なので、知花さんらと別れてツアーバスにて、パラオパシフィックリゾートへ向かいます。知花さんら、猪木財団(現地名イノキファンデーション)の現地スタッフとは、19時にホテルに迎えに来てくれて一緒に食事をする約束を交わして別れました。相変わらずのがたがたの舗装路をバスは2つ島を越えた所にあるホテルに向かう道中、首都コロールの繁華街?を通りますが、どう見ても市街地には見えない町並み!前川の故郷の熊本県郡部の方が発展していると前川談。初めての海外旅行で彼も笑顔が絶えません。牛尼も空港で買ったピンクのサングラスで元気な様子。私の母も何とか無事に来ることが出来ました。
初日後編に続く
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